僕は、六本木までの道を急いでいた。
仕事のトラブルのせいで、予定が大幅に狂った。
今日は、何としてでも絶対に落としたい女の子との初デート。
遅れる訳にはいかない。
「ミッドタウンの前まで、お願いします」
デートの約束に遅れそうな僕は、急いでタクシーに乗り込んだ。

見慣れた色の車の、運転手さんが低い声で尋ねてくる。
「ここからだと、どういったコースで行きましょうか?」
時間への焦りから、若干イラついている僕へ
いつもどおりの気だるさがブレンドされた、
ルーティンの言葉を投げかけてくる。
僕は目を合わせることなく、汗をぬぐう仕草とともに
機械的に答えた。
「お任せします。とにかく一番早いルートで。申し訳ないですが、超特急で!」
その言葉を言い終えた瞬間、
運転手のニヤリと笑った口元が、リアビューミラーに映った。
彼に何か魂胆があるのかも知れない。
低く、しかし妙に熱を帯びた声で、僕に伝えてきた。
「わかりましたっ。では高速でいきますので、
しっかりと掴まっていてくださいよっ!」
という言葉が終えるや否や・・・。
運転手は、急激にアクセルを踏み込んだ。
ものすごい重力で、僕はバックシートに押しつけられる。
マジですか・・。
アクセル、床まで踏みこんでいるやん…。

信号のない、細い、曲がりくねった裏道を通過する。
この道って・・・確か制限速度30キロの、は・ず・だけれど
ちらりとメーターに目をやると、何と94キロを示していた!

ハンドルを、右、左と、目まぐるしく回転させ、
寸分の躊躇もすることなく、赤信号の一瞬前まで加速し続ける。
完全に車を支配し、操っている。
ス・・・ス、スゴイ。
その間、
僕はほっぽり出してきた仕事のトラブルを収束させるべく、
部下に電話で指示を出す会話をしていたのだが、
もうもはや、会話なんてしているどころではない。
車内はタイヤの鳴き声と、エンジン音で、
マジで鼓膜が破れんばかりなのだから。
僕は思わず大声で尋ねた。
「運転手さん。運転の腕前、ビビるくらいスゴイっすねー。
まさか、A級ライセンスを持っているとか?」
「いやぁ、そんなレベルじゃ。峠で鳴らした程度です。
でも、峠じゃ、絶対負けませんよ。ガーハッハッ、ガーハッハッ」
ボ、僕は、絶句した。
あのぉ、ここは、峠じゃなくて…、
青山という超都心の真っ只中なんですけど・・・。
でも確かに、早かった。いや、早すぎた。
普段、どう見積もっても20分はかかるところが、
何と8分で着いたのだから。
どうやら、ギリギリ絶体絶命のところで、
一世一代のデートの待ちあわせ時間に間に合ったようだ。
これで、大本命の彼女へも顔向けができる。

僕は全力を尽くしてくれたお礼を
運転手に丁寧に伝え、車から降りた。
ドアが閉まった瞬間、車は突然、
大人しく、何事もなかったかのように走りだした。
整然とした街が、またありきたりの日常へと染まっていく。
大都会の整然と組み込まれた秩序の中での、暴走体験。
一大スペクタクルが、
僕の何でもないありふれた日常に紛れ込んでくる奇跡。
こんな「お・も・て・な・し」を提供してくれる運転手が、
まだ生息していたとは。
僕は大都会・東京のポテンシャルに驚嘆せずにはいられなかった。
ごくありふれた日常の中で、
最高にカッコイイ男は、ひっそりと輝きを放ち続けているのである。
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