本当の意味での「優しさ」について考えてみる


10年ほど前の昔むかーしに、イケてる若い女の子にディスられたという話。


その女の子は僕が大学生の頃にナンパして、
当時何度かデートしたがフェードアウトしてしまった関係。

当時の彼女は高校を卒業して
大学のために上京してきたばかりの、ピチピチの18歳だった。
上京したての18歳女子


それから7、8年の歳月が流れ、
その頃流行っていたmixi で彼女を見つけた。

プロフィールをくまなく見たが、相変わらずカワイイ。
懐かしさと嬉しさのあまりメッセージを送り、会う運びとなった。
もう、ドキドキである。


そして対面のときを迎える。
会うやいきなり開口一番、彼女が僕に放った言葉。

「太り過ぎじゃね?顔がパンパンだよ。
体もあのときの3倍くらいの大きさになってる乙」



その言葉を受け、僕は「会っていきなりそれはないんじゃね?」と
はらわたが煮えくり返りそうになった。

しかしその一方で、
昔に比べ自分が醜い姿になっているんだと思い知らされて
恥ずかしさでいっぱいだった。


大人になると、人付き合いも変な利害やしがらみが絡んでくるから、
悪い点を誰も指摘してくれない。

またそもそも、他人の悪い点を指摘するのは美徳ではないとされ、
拠ってなかなか自分の短所に気づかない。
良識のある大人なら、相手に対して本当に思っていることを口にしない。

だが、このときを境に僕はダイエットに目覚め、
徹底的に肉体改造をしたからこそ、今の自分がある。

発端は彼女が僕をディスってくれたことなのだから、
本音をぶつけてきた、あのときの彼女の口の悪さには感謝している。


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自分の欠陥を気づかせてくれる、他人の優しさ


そしてそれ以来僕はずっとボクシングをしている。

それなりの年月を経験しているので、
試合に出たりできるくらいまでの腕前に達したが、
まだまだ格上の選手が同じジム内にたくさんいる。
勇敢なボクシング選手


そんな彼らと試合形式のスパーリングの相手をする機会がある。
相手(僕)が格下だからと、
手を抜いて防御一方でまともにボクシングをしてこない人、
逆に真剣にパンチを繰り出してきて、
ボコボコに打ち負かしてしまうという2タイプに分かれる。


僕が心から望んでいるのは、
後者のほうで、格下の僕が相手だとしても真剣に対峙してほしい。
それで自分の力量不足を思い知らせてほしいと願ってリングに上がる。


だが、格上の人がマジでやるのは傍から見ると
「優しくない」姿勢に映るらしい。
強いものが弱いものに真剣になってどうする、といった感じで。

格下相手をボコボコにしていたら、
何と大人げないことかとでも言われんばかりの雰囲気になる。


しかし、僕自身はたとえボコボコにされようとも、
むしろ真剣にスパーリングをしてくれたことに深く感謝をする。
手加減して向かってくる相手と、ボコろうとしてくる相手。
次にどちらとスパーリングしたいかといえば、後者だ。


だからこそ、格上の相手が真剣になってもらえるようにと、
激しく研鑽する日々を重ねている。
考えてみてほしいが、ボクシングを始めたての身ではあるまいし、
どちらの相手が自分を成長させてくれるかというと、
強くて真剣に向き合ってくれる相手のほうだ。



確かに目先のことだけを考えると、
自分に対して優しい言葉をかけてくれたり、
甘い態度をとってくれる人のほうが心地よいかも知れない。


ただ、人生は長い。
なるべくなら早い段階で、
自己の欠陥を改善できたほうが、生涯で得られる利益は大きいのだ。



他人の欠点や短所を指摘せず見過ごして、
甘い顔を浮かべその場を取り繕っている人は、
むしろとても残酷な気がするのだが、どうだろう?

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