婚活と沖縄のとある●●バー


昨日はモテ男の太田(仮名男性)と豊橋の海で泳いでいたのだが、そこに綺麗な女性が3人、浜辺を散歩しに来た。

3人とも身長は高くおっぱいもあり、顔も美人である。

なぜ世の中にはこうも綺麗な女性がいるのに、俺たちには縁がないのだろうか?

私も太田も世の中の不公平を嘆きつつ、悲しい気持ちで女性たちを眺めていた。

世の中にはブスがたくさんいるし、外見がブサイクなだけでなく、内側もブスな女があふれている。
ここ、沖縄のハプバーも例外ではない。

先日、市役所主催のパーティーで痛いおばさんをみかけた。

そのおばさんは39歳と高齢ながら、同年代の男性には見向きもせず、電話番号を聞かれても答えない。

それでもって、30歳のイケメンくんに積極的にアプローチしていた。

あとでイケメンくんに聞いてみたところ、正直、迷惑に感じていたようだ。

自分がすでに他人から欲しがられない年齢になったのなら、

同じく他人から欲しがられない年齢の人も結婚相手の範囲にいれないとね・・・。

太田に38歳の女性とお見合いすることを話し、

自分としてはマックスでブルーである旨を伝えた。

昔の唱歌に「まちぼうけ」という歌がある。

昔、おじさんが畑で農作業をしていたところ、ウサギがはねてきて、切り株にぶつかり死んでしまった。

おじさんはウハウハでウサギを手に家に帰り、おいしいウサギ鍋で満腹した。

翌日、おじさんはウサギが切り株にぶつかって来ないかと期待して切り株の前にたたずんだ。

ウサギは来ない。

その翌日も同じことをするが来ない。

その翌日もその翌日も、延々と切り株の前に座り続けるが、ウサギは来ない。

貴重な時間が過ぎていき、結局、おじさんは農作物を作れず、一年を棒にふってしまった。

ブスの私でも、100回挑戦すれば1回ぐらいイケメン男性にめぐり会えるかもしれない。

それを期待して人生を失う。

婚活女性はできるだけ多くの男性が参加するパーティーに行きたがる。

参加者が多ければ、一人ぐらい自分の好みの男性が自分にアプローチしてくれると期待するわけだ。

しかしいくら若くてイケメンの男性が会場にいても、39歳の女性を選ぶ20代の若者はいない。

話を聞いていて「頭悪いなぁ」と思う。

帰り、太田が私の実家のある地区が見たいと言うので、案内してあげた。

途中、丘の上に家が建っていた跡がある。

太田が「家の跡地のようだが、ここの人も知っているのか?」と聞いてきた。

「この家には2人の人が住んでいたのだが、火事で2人とも亡くなってしまった」

「それがただの火事ではなく、おそらく心中だと思われるんだよね」

「2人の内、一人は妻子に逃げられた男性で、もう一人は結婚できなかった女性」

「二人は兄妹だったんだけど、人生に絶望していたんだろうね」

「かわいそうな人たちだよ」

「まぁ。女は結婚できないと中年以降は悲惨だからなぁ・・・」

自分にとって相手はよい人ではない。だから選ばない。

しかし相手にとっても自分はよい人ではない。

自分は相手がよい人ではないから選ばないと言うくせに、

相手にはよい人ではない自分を選ばせようとする。

そのためには平気でウソをつき、年齢を詐称し、顔を整形までする。

そんな人、誰が結婚相手に選ぶの?

よい人ではない自分を選んでもらうには、自分もよい人ではない相手を選ばなければならない。

あなたはよい人ではないのに、それでもよい人ではない相手を選べないのに、

よい人である相手がなぜよい人ではないあなたを選ばなければならないのだろうか?

切り株にたたずみ、ウサギを待ってもウサギは来ない。

今、相手の条件が悪いと思えど、10年後、今、結婚しておかなかったことを後悔する。

10年前なら、当時、条件が悪いと思った女性も、今、同じ条件の女性が来れば、万々歳。

今、条件が悪いと思う女性も、10年後、同じ条件の女性が来れば、万々歳になるだろう。

いくらまちぼうけても自分の都合で奇跡は起こらない。

来月、条件の悪い女性とのお見合いを控え、考えこんでしまった。

「情けは人のためならず」

婚活で血眼になって若い男を追いかけるおばさんや

結婚できず孤独のうちに自殺した女性などを思うたび

そんなことを感じる。

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