しあわせのありか


かなり焦る出来事があった。



外出しようとしたら、
いつも胸元につけるペンダントがないのだ。



それはもうかれこれ7年前に買った、
地球儀をモチーフにしたペンダント。
製造したメーカーはすでに倒産してしまったので、
新しく買おうとしてもそれは叶わない。



特に女の子から「カワイイね、これどこのメーカー♡?」と評判がいいので、
かなり重要なオシャレアイテムとして
僕の中では依然君臨していた。

knife,groove&acoustic



そのお気に入りのペンダントだが、
いつも保管している場所には姿が見当たらない。
心当たりがあるところを隈なく探してみるが、
一向に探し当てられる気配がない。
本来なら家を出なければいけない時刻を、
10分ほど経過してしまった(汗。



「もう諦めるか、気分を変えて新しい相棒を探せばいいや」と
切り替えた瞬間に、それは向こうから現れた。

何と、ズボンのポケットに入っていたのだ。
まさぐった手にペンダントの質感を確認した瞬間、
ホッと胸を撫で下ろした。



そこでふと、こんなことを思った。
人生のしあわせとか、最愛の相手とか、天職とか。
生きていくうえで、そんなすごくすごく大切なことも、
実はこれと同じなんじゃないのかなと。
ペンダントはそのことを僕に教えてくれた。

065


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「天は自ら助くる者を助く」という言葉の深い意味

やりたいことがない、運命の相手がいない。
そうやって嘆く人がいる。
もちろん僕にだって、そんな日が来るのかも知れない。



ただそんなときには、ふと自分を振り返ってみるとどうだろうか。
愛すことができる相手、
そして夢中になれる何かに出会うことも大事だけれど、
その前に愛せる自分であるかどうかこそが大事。



僕があくせく大学受験を頑張っているときに、
英文法でこんなフレーズを学んだことが何故かアタマの中に強く残っている。

“Heaven helps those who help themselves.”
~天は自ら助くる者を助く~

受験勉強しているときは訳もわからず
この英文をただただ丸暗記しただけだったが、
非常に趣深い言葉だということが、
皮肉にも最近ようやく理解できてきた。



もしも自分が抱えている問題を、
新しく出会う何か、誰かだけで解決しようとしても、
そんな出会いは一生訪れることはない。


運命の出会いは、
それがどこにあるか知っている人だけが手にすることができる

人に与えようとするには、まず自分が満たされていないといけない。
そして強くないといけない。

電車で老人に席を譲れない若者はけしからんとされる。
では彼らの立場になって考えてみると、
もしかしたら何かが満ち足りていないのかも知れない。

たとえば自分だって、強烈に眠いとき、
あるいは運動後や徹夜明けなどで
疲労困憊しているときに果たして席を譲れるかどうか。



誰かに愛されるために、
僕らは愛する対象となる人に無闇に取引をもちかけているかのようだ。

愛を注ぐ相手を探しているのではなくて、
実際のところは悲しいかな、自分を満たしてくれる相手を探している。

そして自分が探し当てようとしているものは
自分の中にあることに気づかないから、
外へばっかり探しに行って、そしてどこにもないことを嘆き悲しむ。



でも、そうじゃないよ、
見つからなかった大切なことは、
いつも履いている、ズボンのポケットの中にあるのだから――

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