「たかだか趣味」とは、口が裂けても言わせないぞ


人の趣味をあーだこーだ言っても仕方がないし、
そもそも趣味には貴賤がない。

ただ最近ありがたいことに、
自分のプライベートの時間が増えてきたせいで、
趣味に打ち込める時間が多く取れるようになった。

だからこそここで、自分の趣味に向き合うスタンスを整理しておきたい。

傘画像


趣味について考えるとき、あるエピソードを思い出す。
僕は中学時代、数学が大の苦手だった。
そのことを相談した同級生(その後東大卒で今や官僚になっている)は、
「数学は日々の学習の積み重ねがモロに反映される教科だから、
すぐに克服するのは難しい」と言っていた。

要は、すぐに、一朝一夕で数学を得意にすることはできないよ、
と諭したかったのだろう。


結局、数学はずっと克服できずに終わったが、
僕の「趣味観」はそれと重ね合わせる。

趣味とは言えど、日々の努力や試行錯誤を積み重ねて、
それでやっと何とかその世界が垣間見え、楽しめるようなことに時間を割く。



ちょっとばかり、大げさに書かせてもらうとする。

僕の中ではたかだか趣味ですら、
なかなかたどり着けない境地を求めているのかも知れない。
それを上達するためには自分自身と向き合うことを要求されるようなことを。

この手の類の趣味は、最初は全然うまくいかなくて、
つまらない時間を過ごすことになる。
初心者時代はそこを耐えしのび、
困難をくぐり抜けられるかどうかの大きな関門がそびえ立つ。


始めてから当分は3歩進んで2歩下がる道のりがずーっと続く。
気を抜けば2歩どころか5、6歩下がってしまう。
常に「もうやめにしようか?」と自分に問いかけて、
まだ走り続けるよ」と返事をしては精進していく。


具体的に僕の趣味を挙げるとするならば、ゴルフ、ボクシング、
そしてこのブログへ投稿するためのコラム執筆。
これらは、はじめてすぐの人が僕の域に達することなど、まず不可能だろう。


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喜びの先の“味”が知りたい


たとえば、「旅行」が趣味という場合。
かなり多くの人が趣味といえば「旅行」と言いそうだけど、
もちろんそれについてとやかく言うつもりは毛頭ない。

ただ旅行なんてものは、お金さえ払えば一瞬で達成できてしまう。
そういう刹那的な快楽は、いまの僕にとってはそんなに大きな意味をもたない。

仕事のような直接的利害関係のない趣味という分野でも、
自分が定めたかなり高い高いハードル(目標)を超えた後の世界を見てみたいのだ。

しかしそこは残りの生涯をかけて精進を続けても難しいであろう、
それはそれは無謀なハードルの高さではあるが。


その先に訪れるのはアドレナリンで満ち溢れためくるめく達成感なのか、
はたまた想像を絶するような虚無感なのか。

自分がまだ知らない味を味わうために、
創意工夫をして趣味と付き合う日々を送る覚悟だ。

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