恩の着方、着せ方は社会人としての必須スキル


もともと僕は音楽関係の仕事をしていたし、
そのおかげで周りにもそんな業界で仕事をしている人が多い。


そのことを知っている人たちは、
僕にEXILEやらミスチルやらジャニーズやらももクロやらの
いわゆる“プレミアム”チケットの入手を依頼してくる。
入手困難チケット


これが僕にとって非常にお世話になっている人からの依頼ならば、
喜んで引き受けたいし、
何としてでもと、全力で各関係者に当たっていく。

そして依頼されることに嫌な気持ちを一切抱かないし、
自分を必要としてくれているのだという一種の安心感すら覚える。


ただ、同じ依頼でも相手が違えばそんなふうには感じない。

例えばつい先日合コンしたばかりの、
ろくすっぽ会話もしていないジャニオタの女子や、
異業種交流会でこちらが頼んでもいないのに
名刺交換してきたオッサンなんかが、
平気でプレミアムチケットを依頼してきたりする。


しかも、LINEメッセージで気軽に依頼してくるものだから、
さすがの僕もかなりイラッとしてしまう。

こういう時はもう面倒なので、
かかる手間の対価を要求して相手の反応を伺ってみることにしている。


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一度受けた恩を忘れない人は、仕事がデキる人


感覚的に思っていることであるが、
相手の距離感や関係値を計らずに平気で物事を頼む人は、
仕事ができない人なのだろうと推測する。


そういう人は、大人社会がどんな理屈で回っていて、
あらゆる活動がどういう意味を持っているのか、
それがどれくらいの大変なことなのかといった理解がないし、
想像力も働かない。

僕が日頃から大変お世話になっている、
某大手出版社の有名誌名物編集長などは「貸し借り」の状態を明確にするためか、
平気でその類のことを口にする。

「これを引き受けてくれたら○○○で取り計らうから」
「前回の借りは、きっちり覚えているから」


まぁ、僕の場合はこういう話を口にするのは
野暮なことだと考えているので、なるべくなら避けたいが。

ただ、僕は大人社会をサヴァイブしていくためには、
実はこの“恩の貸し借り”の感覚がものすごく大事
なんだということに気づいている。

このセンスを微塵も感じとれない人とは、僕はお近づきになりたくない。


目には見えないし、誰もはっきりとは口にしない。
だが恩を着せ、着させられた積み重ねで関係が構築され、
それが世の中を創っている。


いやらしい話かも知れないが、おごってあげたことを覚えている人、
合コンに誘ってあげたことを覚えている人を僕は優遇する。

ひとりの人間として見込みがあるし、
フェアでいようというマインドの持ち主とは、一緒にいて居心地がいいものだ。

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